まいぎり(つむじ)が真ん中にある者ナ利口者 俗説
蒔かぬ種は生えぬ〔毛吹草〕 何もしないで報いは得られない
馬子にも衣裳 身なり次第でそれとなく良く見えるもの
まさかの真っ逆様 予期せぬ災難
まさかの時の友人
窮地の時に救いの手を差し伸べてくれるのが真の友
間違いと気違いは何処にもある 間違いはあるものだ
眉毛の長か者ナ長生きする 俗説
眉と眉の間が離れとる者ナ親の縁が薄か 俗説
丸い卵も切りようじゃ四角 モノも言い様じゃ角が立つ
話は受け取り方によって違う 言い方が悪いと角が立つ
身内泣き寄り他人は喰い寄り
身内の者は不幸に際して集まるが他人は飲食が目的
見栄張るより頬張れ〈義理張るより頬張れ〉
世間体より内輪を能よくせよ
味方みびいき 味方はひいきするもの
身から出た錆び 〈因果応報〉
悪い結果は自分自身が原因を作っている場合がある
味方みびいき ひいきが味方する
蜜柑折る馬鹿 柿折らん馬鹿
蜜柑は枝を折ると翌年の実付きが悪いが柿は折るがよい
蜜柑が色づきゃ医者が青ぅなる〈柿が熟るれば―〉
晩秋は健康な季節で病人が少ない
見ざる聞かざる言わざる
何事も見ず聞かず言わないほうが身の安全
見たら見流せ 聞いたら聞き流せ
見聞きした事はいちいち人に喋るな
満つれば欠ける世の習い
水の中に湯を入るんな 敷き水=死期水は湯灌に使う
水の流れにゃ竿は立たん 流れには逆らわないがよい
水呑百姓もドン百姓も泥喰ちゃおらん
百姓の規模の大小はあっても食べていけないことはない
巳年生れの家には燕(つばめ)ン巣は掛けん 【巳・蛇】
蛇が鳥を飲み込むことから
実になる木は端(はな)(花)から違う 【端・花】
結実花は最初から立派、偉くなる人は子供時代から違う
巳の日にゃ灸すゆんな 身を焼く 【巳・身】語呂合せ
実るほど頭の垂れる稲穂かな〈菩薩俯く〉
稲穂は実れば頭を垂れる〈菩薩は実が入れば俯く〉
〈人間は実が入れば仰向く〉虚勢張る者を戒めることば
三日乞食すれば止められん 悪い習慣は直りにくい
三つ子の魂百まで〈三つ子の心八十まで〉
幼児期の性質は歳取っても変わらない(幼児教育)
耳たぶの太か者な金持ちになる 福耳
見目より心 外見より中身
見ると聞くとは大違い 聞いた話は当てにならない
見れば目の毒 聞けば気の毒
見れば欲望が沸いて苦しむ 聞けば煩悩が生じて苦しむ
みんぞ(みみず)に小便し掛くれば珍宝が腫る 俗説
昔とった杵柄(きねづか) 昔鍛えた腕前
百足に噛まれた時は甘茶ば付けろ 解毒作用
麦は踏まれて強うなる 人には逆境に耐える力が有る
麦飯喰うて脚気知らず 栄養学上よい(生活の知恵)
無常の風は時を選ばず
人の死は何時やってくるか分からない
息子は他人でも意見するが娘にゃ親が仕込め
娘には嫁入り前に親がちゃんと躾をしろ
娘三人持てば身代つぶす
嫁入り支度のために財産がなくなる
娘見たけりゃ母親見ろ 母親の人柄を見れば見当が付く
娘ン子は団子こぬるごてこなせ 娘は良く仕込め
鞭当てん子は育て損なう 子弟の教育は厳格に
無用の用 〔荘子〕
無用とされているものがかえって重要な場合がある
無理も五十まで 次第に体力が衰える
無理を通せば道理が引っ込む〈無理も通れば道理になる〉
世の中には道理に合わない事が罷り通る事も良くある
名人は人を謗(そし)らず〔毛吹草〕 短所を言わない
名物にうまいもの無し〈名所に見所無し〉
名は必ずしも実を伴わないことがある
飯喰うてじき寝れば牛になる(行儀作法)
目は口ほどにものを言う
目許には感情が表われやすく心の動きが察知できる
目は心の鑑(かがみ)〔孟子〕〈目は心の窓〉 目で心の正邪が知れる
めんどり(雌鶏)が歌えば家亡ぶ 雌鶏は歌わない
めんどり(雌鶏)に突かれて時を告げる
夫が妻の意見に動かされる
餅は餅屋 専門家に任せろ
持つべきは子供 我が子なればこそ尽してくれる
持つべきは友達 友達は腹蔵なく相談もできる
持てば持つほど持ちたがる 欲望には限りがない
物知りの家は草がはびこる
勉学にふける余り、家事を疎かにしがちだ
ものは言い残せシャー(おかず)は喰い残せ 過言を戒める
ものは言いよう話しは聞きよう 言いよう聞きようで違う
ものも言いようで角が立つ 言い方が悪ければ角が立つ
物持ちの良か者は働き出す 倹約節約は富に通ず
物は無かよりまし 道具はあったほうが便利
桃栗三年柿八年〔愛護若塒箱〕
桃と栗は植えて三年 柿は八年で実を結ぶ(生活の知恵)
貰い物で義理済ます〈人の牛蒡で法事する〉
自分が負担をしない貰い物で交際を済ます
貰い物に苦情 人は勝手なものだ
門前の小僧習わぬ経を読む 環境が人を育てる